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** 福井瓦のご紹介 **

 阿南市福井町に粘土瓦製造が始まったのは江戸時代の末頃で、創業の由来は淡路島の瓦職人が四国遍路の途中でこの地に良質の粘土があることを発見し、地元の人に教えたのが始まりと言われています。


 

 現在のJR新野駅から南の福井駅へ向かう途中の線路の両側に田園が広がっており、どこを掘っても多い少ないはあるが粘土の層があることがわかっており、創業以来多少の盛衰はあったが、粘土瓦製造は年々盛んになり明治の中ごろより大正にかけて最も盛んであった。製造工場も福井町、新野町にまたがり、二十数戸を数え昭和の初期には年間生産枚数は三百万枚と数えられたという記録がある。家内工業ではあるが近辺の人たちが瓦製造に従事していたのである。
 やがて長い戦争の時代が終わり戦後になると、大量の住宅建設が始まり屋根瓦も活気を取り戻したが製造するのに人件費が高くつき、セメント瓦、スレート瓦等安くて新しい屋根材の開発が進み一時期スレート瓦全盛期に入った。粘土瓦は一部高級住宅にしか使用されなくなり粘土瓦の不況時代になり、廃業する者も多くなりその上粘土が埋蔵されていた田園地帯の耕地整理も進み、高低を無くすため粘土層が深く埋もれたり浅いところは削り取られたりして、粘土を掘り出すのに経費が高くつき使用するには採算がとれなくなってきたのであった。

 

 

 昭和六十年代に入り、スレート瓦及びその他の新製品は塗料がはげて塗り替えが必要となり、焼き物の粘土瓦がみなおされてきたが、粘土が近辺では採取困難となり最近では淡路島から大型ダンプで運ばれています。
 幸いなことに橋もできて淡路島には瓦の粘土を専門につくる工場が多くありそこでは粘土をつくるだけで瓦は製造していません。そしてその粘土は地場の粘土を掘り出すよりも現在では価格も安くなっている現状である。
 又、四国地方には台風の上陸が頻繁で風雨共に大変強く先人から受け継いだこの地独特の五六瓦という淡路瓦より判の大きな特殊瓦製造に傾注し量的生産では他の産地に及ばないが、現在製造している残った福井、新野の工場が伝統の地場産業を守り続けている。
 この五六瓦は近年、阿南市ひまわり会館、橘公民館、福井小学校等阿南市の公共建物についても使用されている。

 

阿南市制咳こう40周年記念市勢要覧1998より

◆鉦打へんろ小屋◆

阿南市福井町鉦打の国道55号沿いに、屋根瓦に総ヒノキ造りのお遍路さんの休息所「ヘンロ小屋鉦打」が完成。

このヘンロ小屋の瓦も福井瓦が使われています。